女神のささやかな願い / Merciful Goddesses of Retaliation その10

「ようこそ。こんな辺鄙なところへ。でも何の用なのかな? 君は復讐がしたいわけではないようね?復讐欲というか強い意志が感じられないな。まあ、いいか。お話をしようか。タマキが連れてきた、数年ぶりのお客様だものね。あたしのことは、そうね、スズナとでも呼べば良いでしょう。あたしは復讐以外にはあまり興味がないのだけど、復讐の話しかしないわけでもないし、社交的な普通の会話だって出来ないわけではないの。何か君に言いたいことがあれば、お話くらいは聞いてもいいよ。とは言うものの、あたしは復讐の話が好きなのだけど。何よりも、何よりも、復讐が全うされることが嬉しいな」
本当に、心から、嬉しそうに言った。陶酔するような表情をスズナは見せた。


スズナは止めどなく語り続ける。
「いつの時代になっても、透徹した意思の下に復讐を行う人はいるようで、あたしは嬉しく思う。その意志のもとにひたすら歩き続けるの。そういう人の心の純粋な思いに触れることはあたしとして大きな喜びだよ。祀られたら、それを受ける。何かに一途に生を捧げるというのは、大きな覚悟を必要とするよね。君も−タカナちゃんだっけ?−タカナちゃんもそう思わない? 復讐に大きな力を注ぐというのは、私が愛されているのと同意だと思うの。だって、あたしは復讐や報復という神性を司る存在なのだからね。復讐は自分の手で直に行ってもいいし、他人の手を使っても良いと思うよ。目的の達成の方法はいろいろあるから、きちんと方法を考えるのが大事なのね。ただ体を動かせばいいわけじゃない、ただ頭を動かせばいいわけじゃない。きちんと考えて、一生懸命精一杯力の限り行動しなくては駄目だよ」


「そうだね。多くの人が願う復讐というものについて、あたしもいろいろ考えたよ。復讐では、相手を苦しませることが必要になる。もっとも単純なのは、肉体的な苦しみかな。疲弊させたり、傷つけたり、再起不能な欠損を与えたり。殺してしまうと、これ以上苦しみを与えることができないから、できれば、あたしは人を殺して欲しくないのだけど。そこら辺は信仰をもつ者達に、なかなか理解してもらえないのね。死ぬかもしれない、という不安は苦しみだから有効に利用するべきかな。精神的な苦しみを与えるというのも、なかなか手が込んでいるね。例えば、相手の親や子供に手をかけて殺させるなどが強烈と言えば強烈だけど、やっぱり殺すと終わってしまうので、殺さないで欲しいとも思う。相手の肉体の健康状態を考えたり、不安と希望、快苦を制御することが復讐には大事だと思える。経済的な面での復讐や、名誉や誇りを奪うという種類のものもある。まあね、とにかく復讐というものを短絡的に考えないで欲しいのね」


「当然ながら、相手のことをできるだけ知ることが大事になるよね。相手の能力、そして相手の価値観、相手が置かれている環境、そういうのを把握することは復讐の実行の上で大きな助けになるの。知るためにもっとも効果的な手段は、友達になってしまうことかな。まあ、情が移って、復讐が行えないようであるならば、そもそも復讐しようって最初の考えが間違いだったと言えるかな」


「そして、自分自身のことを知らなければいけない。少なくとも一度は負けた相手と対しなければいけないのだから。自分の命を使ってでも一矢報いたいって思うかもしれないよね。それはそれでいいのだけど、自分の命を最大限に使って報いるべきだと思うのね。それに、自分のモラルとかが歯止めになることもある。復讐以上に大事なものがある場合にはそれが歯止めになることもある。自分の能力や価値観をちゃんと考えて行動に及ばないと足元をすくわれることもあるからね」


「うーん、やっぱり、タカナちゃんは現時点では復讐したい相手とかいないみたいだね。そういうのは、あたしはわかるんだ。なんてったって、復讐を承認する存在だからね」


「あたしは万(よろず)相談所でも便利屋でも精神科医でないのだけど、誤解をしている人もいるみたい。まあ、そんな人の話を聞くつもりもないけど。目的を承認するのが、あたしの役目だけど、必要以上に話すことないし。『あなたの願いと誓いを聞きました。目的に向かって努力しなさい。あなたのことを見続けて上げます』という程度しか言わないの」


「ここに来て、願い祈り誓う人たちは多かれ少なかれ、負けてしまった人達なのだよね。少なくとも、負けたと思った人達なの。そして、ここに来たという時点で、また戦おうと思ったということ。あたしは、その意志を慈しみ尊重したいのね。例え、くだらない復讐心であったとしてもね。後ろ向きであるとは言え、それは『生きよう』と言うことだと思うから。証を残そうという意志だと思うから」


「『人は生きなければいかないか?』ってくだらない哲学問答をするまでもなく、生きなければいけない、ってその通りだよ、タカナちゃん。でも出来れば気持ちよく生きたいよね。できれば楽しく生きたいよね。すなわちプロセスが大事だと言うこと。大きな目標を考えて、それを得るためには、どのようなプロセスを経ればいいのか?つまり小さな複数の目標を作る。あんまり無理した計画を作っては駄目だよね。まあ、人には限界があるからね。でも、あたしとしては、もっと真剣に復讐に望んで欲しいのね。軽い気持ちで考えないでよって、強く思うよ。いいかげんな気持ちで復讐とかしようって思うなって。人の生には、他にもいろいろ楽しいことがあるわけだよね。それを犠牲にしてまで、復讐を選ぶんだよ。もっとまじめに、もっとしつこく、もっと楽しく、もっと丁寧に、もっと集中してやってもいいじゃないか。特に、他人を巻き込むわけだよね。いいかげんな気持ちで復讐するなんて相手に対して失礼だと思わないのかなあって。これは冗談だよ、さすがに。復讐は一般的に他者を苦しめる。世界の中の不幸の総量が増えてしまうとも言えるね。だから、そのぶん、復讐者は世界の幸せが増えることを考慮して、復讐に臨んで欲しいな。復讐を望む人というのは、だいたい近視眼的になっているんだよね。残念で愚かしいことにね。他者への復讐報復が本当に自分の幸せになるかをよく考えて、そのために力を注がないといけないのに。復讐以外に、自分や自分に連なる人の幸せを得るためのもっと良い方法があるなら、復讐なんて選ぶべきではないと思う」


「復讐にはもちろん、今後の不幸が生じることを防ぐ抑止効果というものもあるのだよね。判断が難しいところだけど。搾取する側もあんまりひどいことをすると、それと同レベルのしっぺ返しをくらうというのはまあ賢い人は想定できるだろうね。ただ、この問題は難しいな。私も長い間考えてはいるけど、どうも不毛な気がするのだよね。まあ、復讐なんてだいたい不毛なんだけどね。あたしがいうのもなんだけどさ。でも、その不毛なことに命を捧げる人達の意志と私の存在は切っても切れない関係にあるわけなんだよね。ちょっと複雑な気持ちになることもあるんだよ。神性を担う私も含めて他の存在も、悩んだり考えたりするの。あたしはここから出ることができないから、眠るか考えるかくらいしかやることがないのね。参拝者のお話とかを聞いたり、本を読んだりすることもあるけどね」


「タカナちゃん、私は思うんだけど、復讐に向かおうという人は得てして孤独な人が多いね。だから、自分を後押しして欲しいって気持ちが強いみたい。なんらかの根拠が欲しいのかな。自分が正しいって感覚が欲しいと思っている感じ。それが、あたしのような存在に縋る理由とも言えるかな」


「『復讐したい』って想いが途中でなくなるってこともあるとは思うのね。タカナちゃんにはわからないかもしれないけど、あたしにとっては残念なこと。でも、そういうのも仕方がないとは思う。一生懸命がんばっていれば、自分の価値観や能力が変化することもあるし、周りの環境がいつの間にか変化することもあるよね。それに応じて、目的が変化していくこともありうると思うのね。でも、それは、本人が一途にがんばった上でなら了承できるけど、ただ怠けて日和っていいかげんな気持ちで、最初の目的を変更するなんて我慢できないな。うーん、でもね。最近は、私も含めて、神性を担う者達は信仰者の不信心に対し、強くでることが出来ないのだよね。そういうのって、結局人のためにならないと思うんだけど、まぁ、仕方がないよね。まあ、意志の少ない人間につきあっているほどあたしも暇じゃないというか熱意がないというかやる気がないというかそんなところかな」


スズナのおしゃべりはこのあと三時間ほど続いた。


復讐について書いている、でも良いです。でもですね、「復讐」という言葉を別の言葉に置き換えて読んでみるのも面白いかもしれません。例えば、「勉強」とかでもいいです。そのまま入れ替えるわけにはいかないから、他にもいろいろ変更する必要がありますが、そのまま使える文章もたくさんあると思うのです。一途に何かを成し遂げようとすること、が書きたかったわけであって、復讐自体が好きというわけではないですし。




【おまけ】スズナの台詞 没案集

  • 「復讐というのは古代からあるもの。目には目を歯には歯をとかそういう言葉を聞いたことがあるでしょう?これって、過剰な復讐を押さえる意味もあるらしいね。法の下の平等という意味合いもあるみたいね。貴族も平民も奴隷もある側面では一緒ってこと表すのだとか。法・道徳・倫理・慣習などによるポテンシャルはとっても強くなったようだね。個人の復讐欲なんて、小さな影響しか世界に与えられないようになったのだよね。まあ、それが世の流れとも思う。ちょっと寂しい気もするけどね」
  • 「復讐欲と破壊衝動は同じとは限らないのね。破壊衝動や狩りの衝動みたいな者は人にはあるみたいだから、そういうのを復讐で使ってもいいとは思うんだけど、そのような衝動があるから、復讐をしよう、っていうのはなんかおかしいわけね。ただの破壊衝動とかだったら、あんまり人に被害を与えないものを壊してなさいって感じがするよね」
  • 「物語で多く使われるテーマは、復讐とか宝探しとかあるよね。他にもいろいろあるけどさ」
  • 「2000以上前に生まれたあの有名な宗教の神様とか知ってるかな。その神性は、報復 怒り、嫉妬、復讐なども担うんだけど、その聖典を見ていると、大量虐殺しまくりなんだよ。今の常識じゃとても考えられないな。まあ、おおらかな時代だったのかなって気がするよ。聖典とか読んで、信者の人達ってどう思ってるんだろう?神様に逆らうとたいへんなことになるとか?神様もやっぱり間違える?神様のやったことには深い意味がある? 読まなかったこと・知らなかったことにする? わけわかんないよね。本当に。そういうことは細かいことなのかな。わからない。いろいろ関係ないものをつぎはぎして一緒のものにしようと思うから矛盾が生じてしまうんだよ。再構成して、いらないところは省いて、説明が足りないところはもっと説明するとかそういうことが必要だよね。なんというかだね。いいたいことはいろいろあるけど、もっとわかりやすくして欲しいの。難しいことがえらいわけじゃないんだから」