女神のささやかな願い / Merciful Goddesses of Retaliation その14

タマキは以前に、スズナに語ったことを思い出していた。

これから話すことは、昔話というよりお伽話。実際の話と言うより抽象化した幻想。些末なことを削ぎ落とした、抽出物。


強い感情−例えば、憎しみとか悲しみとかの想い−が人から分離し、近くを浮遊することがあります。通常、想いや願いはそんなに長い時間が経たないうちに減衰します。そのような想念は、多少は人に影響を与えはするものの、基本的にはほとんど無視できます。人は見ず知らずの人の想念に長い間影響を受けたりはしないのです。親族や親しい間柄だと影響を長く受けますけどね。しかし、稀に極稀にそのような想念を無差別に集め取り込む体質の人がいます。彼らの肉体とそれらの感情との間にはとても強い親和性があるようです。それらの想念に対し、彼・彼女らが耐性を持たない、つまり取り込んだ感情に抗うことができない場合には、集まった想念に振り回されてしまいます。そのため、破滅的な人生を送る人もいますし、歴史に名を残すレベルの偉業を成し遂げる人もいます。それらの想念に耐性がある場合−別のわかりやすい言い方をすれば自制心があるとも言えますが−、その人自身が特に破滅的な行動を起こすことはないのですが、周りの人の気持ちを掻き立てるという大変やっかいな性質を持ちます。


今から350年以上前のこと。復讐の想念を選択的に取り込む人がいました。そして、彼は復讐するということに対して、強い耐性を持ち、彼自身がその想念に囚われることはありませんでした。しかし、周りの人をそわそわさせる、居心地の悪い気分にさせる、周りの人に何かしなければと駆り立てる、そういう性質を示しました。何か?とは、もちろんこの場合は復讐とか仕返しなどのことです。


彼が権力中枢から外れている人だったら、それは局所的な問題だったと言えます。しかし、彼自身が権力の中枢を担うというわけではないものの、中枢の人たちに少なくない影響力を与える立場にいました。彼がその力−周りの人間を復讐に駆り立てる−を発揮し始めてから、傷害事件や殺人事件、それもひどく残虐なものが頻発しました。当初、原因が何であるか全くわかりませんでした。例え不十分でも復讐がなされれば、今度は復讐された側が、相手に復讐することがあります。通常は、そのような連鎖は長くは続きません。復讐心は、いつまでも残らないのです。静かな湖面に石を投げ入れたときに波紋が生じますが、その波紋が時とともに減衰するのと同様です。しかし、彼の存在により、通常は減衰する復讐の連鎖が維持または増幅されていきました。そして、危うく内乱状態へ突入しかけました。


その当時、私は、想念を帯びやすい人間を捜し出し封じるという組織に属していました。そこで神職の見習いみたいなことをしていました。危険な想念を帯びる人間を見つけ出し、時には監視し、時にはやっかいな想念を引きはがし、時には彼・彼女らを幽閉しました。これらの活動は表だって行うわけにはいきません。非合法と言ってもよい手段を使わざる得ない場合も多々ありました。

世界設定みたいなもの。

ファンタジー作品において、現実の世界のいくつかの性質を強調したり弱めたりすることがありますね。具体的な言葉としては出していませんが、ミーム
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%A0
とかを意識して書いたのではないかと思います。