女神のささやかな願い / Merciful Goddesses of Retaliation その15

時間はかかったものの、我々は彼を見つけ出すことに成功しました。そして、対処する方法を考えました。通常であれば、殺してしまえば良いのですが、あれだけ強い想念−あるいは意志、むしろ神性とも呼べるものでしょう−は拡散し一時的に大きな災禍を招くと予想されました。彼の災禍を防ぐためにいろいろ思案が行われました。計画の妥当性はいろいろな側面から考慮されました。実行可能か?倫理的な問題は?どこまで犠牲を払えるか?などなどです。最小の犠牲で、最大の成果を得るためにはどうすれば良いのかを皆で議論しました。結果として、彼を社会から隔離し、長い時をもってその神性を減衰させるという案が採用されました。


そのために特殊な封印システムが作られました。封印システムとは、人の器にその神性を纏わせ、巨大な構造物―封印区画―に人を閉じ込めるものです。小規模なものは過去にもいくつかあったのですが、これほど大規模なものは珍しいものでした。


我々は彼を拘束し、封印区画まで連れてくることに成功しました。しかし、束縛する過程で、彼の肉体を多く損傷してしまい、彼の命は尽きる寸前でした。彼が死ねば、封印システムは意味をなしません。彼が纏う神性が世界に拡散してしまったら、この計画は台無しです。それを避けることは難しいと思われました。私を含む10名に満たない計画の実行者達で緊急の協議が行われました。神性に親和する人間に、その神性を宿らせて身代わりにするという方法しか私は思い付きませんでした。それは、人道的な案とは言えないかもしれません。そもそも、かの肉体を閉じ込めるというのも人道的ではないですし、かの命を失うような状況になってしまったこと自体も我々の失態ではあったのです。彼の体質は、災禍を招いたものの、彼の心性は純粋とか無垢とも言えるものでした。人を傷つけたり苦しめたりとか悩ましたりとか蹂躙したりとか搾取したりとかからはほど遠く、人に優しく人を慈しみ人を憎むこともない人でした。


私がその役を担うことも提案し、その案は結局通りました。私が提案したというのも私が選ばれた一因ではありますが、私自身が彼ほどではないものの、想念を集める性質と強い耐性を持っていたというのも無視できない理由の一つです。”復讐する”という強い神性−言い換えれば、現在我らが祀っている神性−が私の体に宿りました。神性が私に宿ったときに、私は泣きました。心の底から泣きました。純粋に。心の中の全ての汚いものを流して綺麗にしてしまうように。


神性と言いましたが、その実体はなかなか掴みづらいものです。多くの人の意志や感情の集合体とも思えます。純化した意志とも言えます。私にはその神性を封じる器としての適性が十分にあったようです。


封印区画は外界の「復讐欲」を集める性質を持ちます。そして、集まった想念が外界に行くのを遮断します。私を核として、外界の復讐欲は私に収斂し多くの災禍は沈静化に向かいました。そして、300年を越える時間をかけて、神性を減衰させてきたのです。浄化というと抵抗があります。その思いはあまりにも純粋で、時に人を切なく狂おしい思いにさせる。人を人たらしめる感情の一部に復讐欲というものがあるというのが理解できました。


たぶん、復讐や仕返し報復という言葉より、「辻褄が合って欲しいという願い」という方が近いのではないかと思います。世の中には、辻褄の合わないことが多いですからね。


少々脱線してしまいますが、人はその本質から、因果律を求めます。原因と結果を求めてしまう。関係性を求めてしまう。それは、進化の過程で手に入れたものかもしれませんね。人の繁栄に大きく関与した力の一つでもあります。そして、時に、その力は人を破滅に導きます。間違った関係性を正しいと信じてしまうことがあるからです。過剰な因果関係を求めてしまうのですね。辻褄が合って欲しいという望みも、過敏になりすぎるとあまり良いとは思えません。