『陋巷に在り』 (酒見賢一)

昔読んだ本です。ファンタジー小説かな。すごい面白いです。孔子と弟子の顔回の話です。儒教についての薀蓄が興味深いですね。

「〈8〉冥の巻」にこんなことが書いてあります。

学ぶことは戦場の只中にいて戦うことと同じである。

情熱にあふれた積極的な者でなければ教えない。四隅のうちの一つのことを示したら、残りの三つのことを自発的に見つけ出すようでなければ教える値打ちがない

だが、この初歩の要求も満たさないで学ぼうとやって来る若者が多いことに孔子は初めのうちは呆れたに違いない。

この基準をクリアした、やる気のある弟子でも安心してはいられない。孔子はこれを満たしている弟子をも容赦なく突き落とすのである。急いで這い上がってくることが出来なければその時点で、孔子が引き続き孔門にいることを許していても、既に見限られていると思わねばならない。一隅を以て三隅を反すくらいは孔子の門に入れる最低限の資格に過ぎないのである。

「学ぶことはどういうことなのか?」については、今までも何回か書いた気もしますし、これからも書くかもしれません。