面白いものはどこにある?

2006年7月頃に下書きとして書いたものをすこし修正したもの。

「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用

「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用

『知の欺瞞』で面白いところに、ポストモダンの一部の困った間違いをこき下ろすところというのもある。「深遠なことを言っているように見せて、実は高校生・大学教養レベルの数学が分ってないだけじゃん。それはアナロジーという言葉では誤魔化せないんだよ!」って感じ。

でも、こき下ろすのも面白いんだけど、面白いのはそれだけじゃない。科学的な思考または物理学的な思考を楽しめるというところが面白いのだよね。学問に対する、科学に対する誠実さの重要性にも触れていると思う。

科学的、物理的な方法論とかも面白い。

間違いやナンセンスを切り落とさないといけない。なぜなら人の(自然の)リソースは有限だから。

論理的に正しいだけでは駄目。それが重要である必要がある。では重要とは何かというと、多くのものと結びつきがあるということだ。

・・・

何で、こんなこと書いてしまうかな。

なんていうか、論理的に正しいけど、重み付けを知らん人と議論しているとイライラしてくるというか。言葉遊びならいいのだけど、何らかの決断を迫られているときに、そうやって混ぜ返すかぁって思うのだな。厳密性を重んじるのはいいけど、それによって犠牲になるもの(効率性とか)があるんだから・・・、とかとかとかとか。

まぁ、いいのだ。

どうも私は拙速傾向があるし。そういう摩擦が大事なのだと思おう。