その14 「安易に誉めないで? 4」

25歳以下は読んではいけません。

こほんと、咳払い。
「えっと、では行きます。」


元気よく。


「例えば『可愛いね』とか『綺麗だね』とかね。そういうのはここぞと言うときに、絶妙なタイミングで言ってくれないといけないの。そうじゃないと、私はげんなりしてしまう」


先ほどの彼の言葉を通して、この内容に関する彼の思考は大体トレースできたつもり。


「どう怒るかと言うとだね。『それはいつと比べて? 誰と比べて? その意見は主観? 客観?』と聞いてみます」


「次にだね。追い討ちをかけるような返答の仕方としていくつかパターンを考えてあります。『何故このタイミングで言うの?』『綺麗? そんなこと知ってます。あんたに言われんでも』『そもそもあなたの美しさとか綺麗さの基準って何?貴方の価値体系または価値観に疑惑の目を持っている私が、貴方に誉められてほめられて嬉しいと思っているの?何か勘違いしていない?』『あのね、誉めるってことはね、あなた自身をしっかり見せないと始まらないの。わかる? 私があなたを立派な人であると認めるとか尊敬するとか、そういう要素がないと始まらないの。せめて共通要素を見出してから誉め言葉を、つまり私とあなたの関係性を語りなさい』『えっ? 美しさは一般的? まぁ、いいけどさ。私が言いたいのはね、こう、ぐぐっと乙女心を突き刺すような強さが欲しいわけよ。だからシチュエーションが大事なんだよね。ハードボイルド小説じゃないけどさ、短いフレーズを効果的に相手に染み通らせるために舞台から配役から全てを集めてという感じかな』」


彼は神妙な顔つきで聞いている。でも、もう一押しな予感。一気に最後まで。


「自分で言っていて、無理な気がしてきたぞ。なんかめちゃくちゃかも。でも、続けます。『誉め言葉が私とあなたから遊離してはいけないの』『尊敬できる相手から、私が好きな相手から、私が認める相手から、まぁその基準はいろいろあるけどさ、誉められたいわけだ』『それも、安易な方法で誉めないで欲しいな。当たり前の誉め方では駄目なわけ』『そんなの私は知っているという事実とかいうのじゃね、駄目なんだな』『素晴らしい切り口で攻める、という手ももちろんあるけどね』『私が知らないけど、貴方にとってどうしようもないほど価値があること。それを私が気がつくことによって、私の頑なな心を蕩けさすような、"精神防御フィールド"を破るようなそういうやつだよ。そのためにはその人の生を凝縮させたようなものでないと駄目だろうね』という感じで私が応じた時に、相手が気のきいた台詞で返してくれることを望んでいます」


事前にシミュレーションした部分に、話している間に考え付いたことを加えて3割増しくらいになったかな。一気にまくし立てて、ちょっと呼吸が荒い。


「よく一気にしゃべれるな。っていうか負けました」と、彼。ちょと笑ってくれた。私はほっとする。ちょっと恥ずかしい。


「言っていて思ったけど、なんか傲慢ですね。こんなんじゃたいていの男に(女にも)嫌われるのでは?」
「そうかな、とってもかっこいいと、私は思うよ」
「・・・んっ、そう?」


私は言葉を言い過ぎた反動からか、其の後ちょっと静かにしていることにした。
彼はまた、話を続けている。それを聞きならがちょっと別のことを考える。


私は、今、
誉められたけど、
えぇ、まぁ、
嬉しかったかな。
その点は私も、普通の女性なのかな? って思わなくもない。


かっこよくても、もてない気もするけど、不特定多数の人にもてたいとは私は思わないので、特に問題を感じない。


でも、「かっこいい」かぁ。
私が彼に「可愛い」とか「綺麗」とか「美しい」とか言われることはあるんだろうか?
誰かと結婚したときとかに言ってくれるかな? というか、私は言って欲しいのかな?


私は彼に「強い」って言って欲しい・・・、気がする。
何故なら、彼の評価においてかなり上位に位置するものだとわかるから。
私はだから強くなりたいな、って少しだけ思う。強くなりたいから強くなれるわけでもないだろうし。
周りの環境とかから仕方なく強くなってしまうという要素もあるだろうし。


そんなことを考えながら、「私って少し健気かな」って思って・・・。くすくすと笑い出してしまった。


「んっ?何かおかしいこと言った?」
「ん、違う違う、思い出し笑い、じゃなくて、何かな。たいしたことじゃないだけどね。ちょっと別のことを考えてしまっただけ。ねぇ、私のこと健気だと思う」


「ケナゲ?」
「そう、健気」


10秒ほどの沈黙。


「ある意味では」


彼は難しい顔をして言う。


「ある意味では?」


難しそうな顔で私も言う。


さらに10秒ほど沈黙。視線の交差。目配せ。


お互い同時にくすくすと笑い出してしまった。

「安易に誉めないで」はこれで終わりです。