女神のささやかな願い / Merciful Goddesses of Retaliation その13

「あたしの場合は、復讐欲みたいなのが解放された直後だったから、タマキと代わることができたのかな? たぶん、そういう解釈でいいよね。あの時ではなかったら、タマキの神性を譲り受けること、奪い取る掠め取ることはできなかっただろうね」
ふふふ、という感じでスズナは笑って続けた。

「例の二人を殺してからもう20年か。どういう理由で殺したんだったかな」

スズナジョークとも本気ともつかないことをさらり言いつつ、小さな溜息をついた。でも、別に悲しそうではない。

「今考えれば、あの二人には殺されるほどの罪があったとは思えないかな。でもだね、あの二人が継承し続けたこと・守り続けたものには、人を一人殺す程度の罪があったとは思う」


「人を一人殺したからと言って、その人が死刑に値するかと言うとそういうわけではないけどね。でも、人を殺すという覚悟を持つ人、決意を持つ人は、自分が殺される覚悟も持つべきだとあたしは思う。どう考えても、あいつらには、そんな覚悟はなかったね。このシステムの意味も意図も価値もわからず、考えもせずただ昔の人が守ってきたものを正しいと信じて、疑うこともせず守っている。同じ事を続ける限り、自分たちには罪がないと思っていたのかな? 惰性のままに生きていたような人達だったね。もっと高いレベルで考える事なんてたぶんできなかったのだと今では思うよ。組み直すってことを考えられないやつらだったよ」

スズナは頭上の闇を見て、言った。


「今の私は罪を償っていることになるのかな。二人とも死んでしまったのだから彼と彼女に対して償うことなんてできないか。あの二人の血を私は受け継いだわけだから、あの二人の生物としての役割を最低限は終えていたとも言うこともできるね」


「社会に対して償うことはできるかもね。でも償うというより、奉仕という言葉が近いかも。ある意味、今の立ち位置は奉仕と言えなくもないかな」


「20年、20年以上たったのか。肉体的にほとんど加齢がないとは言え、長い時間が経ったのだね。他者と会う時間以外は意識状態がずっと夢を見ているようなものだから時間がたった感じがあんまりないのだよね」

スズナは目を瞑って、思いを巡らした。
「(あのとき、あたしは選んだのだ。両親を殺すことを。そして、タマキと入れ替わることを。そして、永久とも思える時間をこの暗い場所で過ごすかもしれないということを。でも、あたしは何も選んではいないのかもしれない。何故なら、あたしはあたしの性質に従っただけなのだから。あたし自身の性質に逆らわないことを選択したと言っても良いけど)」


「(やるべきことがある。だれかがそれをやらなければいけない。でも、誰もやろうとしない。だれも立候補しない。そういう中で、あたしは我慢ができなくなって、立候補してしまう。馬鹿みたいって思う。自分のことを。愚かしいって思う。他人のことを。何で、あたしは、あたしより弱い人達の中にいなければいけないのか。それは、あたしが選んだ環境なのだろうか。あたしの努力はまだ全然足りなかったのだろうか。あたしには、あたしの価値観を支える能力が全然足りないのだろうか。)」


「(ちょっとの努力で効率化できる。瑣末な工夫で合理化できる。僅かな配慮で最適化できる。でも、それは、構成員が微小の変化を許容しないとできない。年寄りは、なんでこうも頭が硬いのだろうか。何故あそこまで変化を厭うのだろうか。『変われないのは死んでいるのと同じ事』という基本的な事実すらも気がつかないくらい耄碌しているのだろうか・・・)」


目を開けたスズナはタマキに言った。
「たしかに、ここを出たいとは思うよ。もう飽きたしね。いろんな意味で飽きたよ。けど、別に人を、例えばタカナちゃんを、犠牲にしてまですることなのかという決断ができないのだよね。そして、少し未練が残る。そして、少し外は怖いな」


スズナは、地面に転がっている耳の長い白いウサギのぬいぐるみを拾って尋ねた。
「ねえ。タマキは300年以上、ここに幽閉されていたのでしょう? どういう気持ちだったの?」
「それは何度も話したじゃないですか」
と言いつつ、「そうですねえ」と、スズナは昔を思い出すように斜め上を見て言った。