大学で何を教えるか

http://sociologbook.net/log/201008.html#eid489

ここで何がこうした不幸を生んでいるのだろうか。それはたった二つのものだ。

ひとつは、「本人にとって必要なものだから」「本人が望んでいるから」という考え方で、このおかげでまわりが硬直してしまって手を出せなくなる。いま児童虐待でも問題になっているが、なかなか近所で子どもが異様な泣き方をしていたり異常な物音がしていたりしても、すぐに通報することは難しい。人様の領域にずかずかと入り込むことはそれほど難しいのだ。摂食障害や引きこもりなどで家庭環境がややこしくなってくると、親や家族もそれでしんどくなって、ますます本人を放ったらかしにしてしまう。それは本人を大事にするということとはまったく違うことだと思うのだが、やはり家族にしてみればすこしでも家のなかが平穏になるのなら、高価なホメオパシーでもレイキでも何でもカネを注ぎ込んでしまうのだろう。

面白い。

だから、少年犯罪や児童虐待は減っていること、外国人犯罪も増えていないこと、ほとんどの代替医療には効果はないこと、殴る男とは別れてもいいこと、普天間を返還しても中国人が攻めてきたりするわけがないこと、夫婦別姓の権利を法的に保障したからといって家族制度が崩壊することはありえないことを、普通に教えなければならないのである。

良いこと言うなあ。