伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その13

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120321/p3 の続き

「論文でもなんでも良いですけど、文章化することの意味はなんでしょうか?」と聞いたことがある。


先輩には、「質問したら負けだ」と言われたことがある。そのアドバイスはもう少し早く欲しかったかもしれない。でも、そのアドバイスを聞いていても、あたしの行動が変わったかどうかは微妙だけど。たぶん変わらなかったのではないだろうか。


アドバイスというものはいつも後になって意味が分かるものだ。「負け」が意味するものについても。


「(論文を書く目的は)仕事だからですか?お金になるからですか?地位、名誉のため?自己顕示欲ですか?」とあたしは問う。
「ふむ、そうかも」と先生は言う。続けて、
「でも、『自己顕示欲』という言葉はちょっとネガティブなバイアスがかかっているかもね」と言った。


ある行為について、いろいろな捉え方ができる。いろいろな比喩で表現できる。前に先生が科学の理論と地図を比較したように。


「書くのは面倒だ。本当に面倒。嫌になる」といきなり先生は言い始めた。「世の中には書くのが好きな人もいるね」とあとで補足していたが。


「でも、いろいろ良いこともある。自分の論理の穴が見えるようになる。弱点を知ることができる。強みも分かる。書くという行為は客観を手に入れるための一つの方法だと思える」
そういうものかもしれない。


「書く過程で、新しい事を思いつくこともある。書くことにより自分自身に印象づけることができるね」
言われてみれば、思い当たるところはある。



先生にとっては、論文を書くことは「お手紙を書くこと」らしい。誰かに情報を伝えるための。時と空間を超えた誰かに伝えるために。


あたしたちは過去から膨大なメッセージ(「情報」という言葉の方が適切かもしれない)を受け取っている。意識して受け取る物もあるし、無意識に受け取っている物もある。その受け取ったメッセージや情報をそのまま伝えたり変質させて伝えるように体ができている。


自然に何かを継承し、それを誰かに受け渡す。
だから、「論文を書くことは自然なこと」と先生は言っていた。


でも、あたしには自然には思えなかった。質問の仕方を変えてみることにした。
「なぜ、あたしに論文を書くことを奨めたんですか?」と。
「『論文にする価値があると思ったから』では駄目なの?」と先生は答えた。
「えっと、"あたし"が、というところが大事です」
「そうだねえ。どうしてだろうねえ」と先生はのんびり答えた。


「論文を書く過程で、過去の人々の営みに触れる。論文を投稿する上で査読が入ることにより、今生きている人達との対話ができる」
対話自体の価値、対話より生まれる価値があるということかな?


「そして、未来の人達がそれを読むこともある。自分ががんばって考えたこと。それを誰かが理解してくれるのは単純に嬉しいことだよ。そして、その人達が新しい結果を出してくれるかもしれない。それもまた嬉しいことだと思う」


綺麗な景色を見て、それを自分の大好きな人にも見て欲しいって気持ち。自分の大好きな人に、綺麗な景色を見せてもらえる嬉しさ。そういうのが世の中にはあるのだと思う。


その時の先生の答えについてすぐに納得できたわけではない。でも間違っているとも思えなかった。だから、あたしにとってその答えが正しいのか?どれだけ妥当なのか?については、これからも論文を書き続けることによって考えようと思った。



続いて、先生は「論文は杭みたいだ」と言った。


「崖を登るときに使う杭。そして、杭には人の名前が彫られている。途中までは、十分に信頼がおける杭を使ってある程度の高さまで登ることができる。どれが信頼できて、どれが信頼できないかはある程度はわかる。でも、高い場所に行くと、信頼できる杭がどれか分からなくなる。ちょっとの刺激で抜けてしまう杭だってある。そういうのに多くの人が騙されて落ちてしまう。そんな中で信頼できる杭を見つけて登って、新たな杭を崖に打ち込む。そしてその杭を使って登ることにより、新たな景色が見える。自分が打った杭を使って誰かが先に進んで、新たな杭を打ってくれると、なんか嬉しいんだよ」


そして、さらりと次のように言った。


「あなたもその楽しさや嬉しさが分かる人だと思ったから。だから論文を書くことを奨めた」


そう言われて、その時あたしは黙ってしまった。ちょっとうつむいてしまい、視線を相手からそらしてしまった。


あたしはその時どんな表情をしていたのかな?
・・・分からない。


覚えていることは・・・。
何か頭の中でぐるぐる回っているみたいな。
頭が熱を持っていた気がする。
胸が締め付けられるような感じ。
呼吸するのが少々苦しくて、ちょっと気持ちがふらふらするような。


あたしは、その時どんな気持ちだったかな?
しいて言えば複雑な気持ち。

「その14」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120405/p1 に続く。