その44 「最後の意志」

その1〜その43を全て読んだ人だけ、お読みください。


その1〜その43を全て読んだ人だけ、お読みください。別に強制ではありませんが。


呼吸が苦しい。
呼吸を整えようとする。
うまくいかない。
焦燥。
苦しい。


「私はもっと生きたかったのに」
私の中の誰かが問う。

「うるさい黙ってよ」

統合をしようとする意思が弱くなる。
バラバラになりそうだ。
私はこんなバラバラだっただろうか。
サブ人格が煩く喚き出す。
メインを支えるサブの人格たちの平衡がまったく取れない。

呼吸を。
相変わらず息があらい。


「正直になろうよ」
「私は正直だよ」
吐き捨てるように言う。

「自分の命を軽視した」
咎めるような声色。

「わかったよ、それは」
怒気を伴った応答。
閉塞感や、それに伴う息苦しさが続く。


「何故それに気がついたと思う」
白々しい声。
「彼のせいだね」

「何だ知っていたの。死にたくないと思うでしょう」
邪悪な笑み。
「ええ!」
怒号に近い答え。

「ないものねだりだね」
くすくすと笑う。
「うんそうだよ!」
声に苛立ちが含まれていることが自分でもわかる。

「もっと生きていたい?」
「ええ。でも、私はもう終わりにしたんだ!」

「あぁーあ、もっともっと生きていたかった。まだ死にたくないなぁ」
悲しそうな、寂しそうな、諦めきれないような声色が聞こえる。


こんなに体が生きることを、
欲しているとは・・・。


早く私を殺して。
苦しい。
生きたいから苦しい
頭がバラバラになりそう。


そんな"私達"を俯瞰する私。
喧騒に嫌気がさし、そいつらから遊離している"私"。


人格がバラバラになったとき、
悲しかったり寂しかったりで辛い時だけ、
私の一部は他の私達から離れ、
他の私達の衝突をぼんやり観察する。


マルチタスク状態になっている。
現在の私は、決断をしろといっても難しいだろう。
思考速度が遅く、思考の収束もままならない状態と言える。
普段はほぼ無視できる要素たちが好き勝手に喚きたてる。


溜息をついて、遊離した私はゆっくり考える。


まだこんなに考えて、
足掻いて悩んでいる。
私は生きても死んでもいいんだけどね。
やっぱり生きたかったのかな。
死にたくなかったのかな。
でも彼に生かされてしまったのかな。
死んでいた私に彼が息を吹き込んで生き返らせたのだろうか。
死にかけた私は彼の息を吸い取って生き返ったのだろうか。
結果は同じこと。


精神も肉体も本当にままならないものだと思う。
最後の最後でごたごたするなんて。


たぶん、遊離した私の経験からすれば、
十分睡眠をとれば、
または数日たてばきっと再度統合され、さらに精神は強固になるだろう。


でも、そんな時間はないのだけどね。
死ぬまであと数分。
それまでに・・・、私はどんなふうになるのだろう。
再統合されるか?それとも混沌のままか。
普段の再統合にかかる時間を考えれば、
あまりにも時間がなさ過ぎる。
ただ、目前には死があるのがいつもと違うけど。


・・

遊離した私がそんな夢想をしている間に分裂した私たちは意見を一致させつつある。
統合されつつある意志のベクトルに遊離した私も徐々に組み込まれていく。
その意志は、生命にとって、あまりにも当たり前で普段は意識することすらないもの・・・。

・・・

あと、10秒に満たない。
私は、最後の深呼吸を堪能する。

口から自然に言葉が発せられた。

「私は、もう少し生きたい!」


その1からその44までの文章は、D3のころにちょこちょこと書き溜めていたものです。いくつか例外はありますが。ここに載せるにあたっては少々表現を書き改めたものもありますが、内容自体の変更はあまりないはずです。