青灰色の瞳

24歳未満は見ないこと。

さっぱりとした、というより何もないと言ってもいい部屋に入る。
壁も床も天井もみな白い。
部屋の中はそこそこ明るい。
大きな窓が一つだけ。
窓から入る日の光が白い部屋に
白と灰色のコントラストを作る。


とても清々しい青空だった、ということを
先ほどまでその空の下を歩いていた私の体は思い出す。


壁によりかかって座っている人影が見える。
すらりとした素足が部屋に入ったときにすぐ目に入った。
カルナの足だ。
綺麗な指をしているな、って
心の一部が囁くが
そういう囁きはさらりと流す。


自然に心の中で誘起するセンテンスに
いちいち煩わされていては
何もできないということを知っているから。


カルナは白を基調として
黒い直線と曲線が複雑に絡み合った
幾何学的な紋様の衣服を身に纏っている。
Tシャツが膝の上まで伸びている、
という感じの形容しかできないのは
私のファッションに対するあまりにも
酷い無関心さに由来するものだ。


他者と摩擦を引起さない程度の配慮は必要だけど、
人の外形などどうでもいいと、私はいつも言っている。
でも、もう少しカルナの外見を書いておこうか。


肩より少し伸びた青灰色の直毛が
窓からの風でゆらゆらと揺れている。

瞳の色も青灰色で
今は精彩が感じられない。
以前、会った時とはだいぶ印象が異なる。
表情も虚ろな感じ。
"人形"のように無表情。


私はカルナの近くに近寄り膝を付き、
相手の顔の高さに
自分の顔の高さを
あわせるようにしゃがみこむ。


こんなに近づいてもカルナは
私に気が付かないようだ。
外界から意識を遮断しているような感じだ。


私はカルナの青灰色の瞳をもう一度覗き込む。
吸い込まれるような感覚を感じた気もする。
過去の別の体験を
私の心のデータベースから引き出したのかな?


心というのはどうも信用が置けない。
自分が実感・体感・経験したことというのは
実にあてにならない・・・と、
吸い込まれそうな心をなんとか制御するために
私は言葉で意識を保つ。


自分の心の疚しさを隠すように
言葉を連ねて重ねていくのは
嫌だと思いつつも私の大きな一部を占めるみたいだ。
そもそも疚しさって何だろう?と
思考が迷走しかける。

私は軽く溜息をつく。
溜息は無為な思考の暴走を食い止めるため。
私がいつも使う手段。


溜息に反応したように、
カルナの表情が少し変化する。
瞳孔が微かに動く。
目元と口元に少し変化が。
目の焦点は未だ合わず視線は揺らいでいる。
2,3度瞬きをする。
そして目を閉じて開き私のほうを見つめて声を出した。

「あんまり近くで見つめられると恥ずかしいから少し離れてよ」

私は離れて、立ち上がり、カルナを見下ろす。

「ちょっとまってね、まだ体がちゃんと起動していないみたい」

目をぎゅっと瞑って、
両手を上方に伸ばして
ぐーっと伸びをしながら言った。

首や背中や腰をひねってゴキゴキとならしている。
私は「調子はどうですか?」と声をかけた。

「まぁまぁかな」

カルナは両手を顔の前に翳して
指の隙間から私の方をちらっと見つめた。
自分の両手を見つめ開いていた手を閉じると同時に目を閉じ、
開けると同時に目を開けたりして遊んでいる。

私はコホンと小さな咳払いをする。
カルナはすばやく立ち上がる。


説明。書いたのは2005年ごろだと思います。語り手さんは30歳くらいの女性です。カルナは人間じゃなかったと思います。