伝えたいこと Ver. 2 "sincerity to science" その5

http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120309/p1
の続き

先生は喜々として話し続けている。
「このmethod(方法)は面白いよね。着眼点に光る物がある。圧倒的に説明不足だけどね。ある程度の前知識なくて、これ読んで理解できる人はそうそういないよ」


まあ、内輪向けのレポートだからね。説明不足ではあると思う。


先生の言っていることを話半分で聞きながら、あたしはまた部屋を見渡す。さっきから部屋を見回してばっかりだ。小さい頃から注意力が散漫だと言われていた気がする。


部屋には大きなホワイトボードもおいてあり、半分はカレンダーで今月及び来月の予定などが書いてある。残り半分には、連絡事項等の紙がマグネットで留めてある。マグネットは可愛いものが多い(あくまでもあたしの主観であるが)。あひる、パンダ、猫、兎、羊、猫、犬、カエル、魚各種などなど。この先生はあんまり外見は繕わないが、こういう細かい小物は好きなようだ。


ホワイトボードには数式や装置の図、数理モデルの概念図が書いてある。先生とあたしの先輩達とが、議論の時に書いたと思われる。こういうのを見ると、研究しているんだな、ってわかってちょっと安心する。あたしは研究が好きというよりも、研究をしている人達の持つ雰囲気が好きなのかもしれないってちょっと思う。


迷走していた心を先生の話している話題へ誘導し、あたしは
「(methodでは)一般的にどういうことを書けば良いんでしょうか」
と聞いた。先生は、
「きちんと条件を書くことが大事かな。せめて専門家であれば、その状況を的確に把握できる程度に。どこまで細かく書くかは本人次第ではあるんだけど。どの論文誌に出すかで、つまり対象読者を想定して、詳細な所まで書くべきか、それとも細かい事は省くかを判断する必要があるね」
と答える。


ここらへんが論文投稿を拒否する糸口になるかもしれないと思い、あたしはこう尋ねてみた。

「方法のところで書くべき事はわかりました。普通の科学の研究においては、再現性が大事だと思うんですけど、あたしのテーマだと再現性があまりないと思います。こういうのでも論文として受け入れられるんですか?」


先生は、ちょっと黙って、ちょっと首をかしげてこう言う。
「そういうのが気になるの?いいんだよ、再現性なんか気にしなくても」
「うーん、そうなんですか。科学の研究にとって大事な事なのではないですか」とあたし。
「うん、大事な場合もある。でも全ての場合で大事なわけではない。あなたのテーマだとそんなに気にしなくても良いと思うよ」
と、かるーく言った。


「でも・・・」
あたしは躊躇うような表情を作る。半分演技で半分本気だ。


「みんなが科学というと、例えば物理学とか化学とかを思い出すよね。典型科学とでも呼ぶとしよう。それらは『観察可能』『実験可能』『反復可能』『予測可能』『一般化可能』などの性質があるかな」
と先生はそう言いながら、紙に「典型科学」と書き、さらに性質を箇条書きしていく。


典型科学の性質
 ・観測可能
 ・実験可能
 ・反復可能
 ・予測可能
 ・一般化可能


「あっ。そういうの面白いですね」とあたし。


先生は、それぞれの簡単な説明と具体例をいくつか教えてくれた。それも印象深かったけど、長くなるのでここに記すのはやめておく。

「それぞれの、中身はとっても深いんだけど省略。知りたければ本を紹介するのでそっちで勉強してね」
と先生。


そして、話は戻ってくる。
「全ての科学がこれらの項目を満たさなくちゃいけないわけじゃない。さっきも少し言ったけど、物理学で宇宙の進化を扱う場合は、実験できないし反復もできないよね。生物の進化の研究だって。歴史に関わる科学は、いわゆる典型科学とは異なるアプローチをする。そして、他にも・・・」


「ちょっと待って下さい。それはつまり・・・」
とあたしが遮ると、先生は笑顔でこう答えた。
「あなたのテーマは十分に科学の研究として論文に値するということ」


「うーん、そうですか」と、あたしは眉間にしわを作って答えた。


話を脱線させて、論文を書く事をうやむやにするあたしの密かな目論見は脆くも崩れ去る。強がりを言うなら、この方向で抗っても無理そうな気がしたので、譲歩する。冷静に考えれば、余計逃げ場がなくなってしまったかもしれない。藪蛇というか、犬も歩けば棒にあたるというか。自分の浅はかさは筋金入りだと思う事は日常生活で多々だ。

「その6」 http://d.hatena.ne.jp/sib1977/20120311/p1 に続く。