その41 「互いの心に想起されるている概念が、符合してると信じたい」

27歳以下は読まないでね。

入ってきた。

「あっ」

いろいろ考えていたのに何にも考えていなかったような第一声。「そんな言葉しか言えないのか}と、心の中で自分に突っ込み。*は私が留置されている部屋に入り椅子に腰掛けてすぐさま言う。



「私は怒っています」



*の言葉では誰に対して、どんなことに対して怒っているかわからない。だから、


「私に?それともあなた自身に?」


と返答。対象は一人ではなくて二人だよね、という確認のための返答。*の返答は


「あなたの生は・・・」



否定しないのは肯定、つまり両方に対して、今の状況になったこと対して怒っている。
ただ怒っているというわけではない。
自責とか憤りとか諦めとか悲しみとか無力感を含んだむなしさとか。
信頼してくれなかった寂しさとかいろいろなものが含まれているだろう。
でも、*がそのような感情を持つにいたるのは当初から想定していたこと。
それくらいで私の心は揺るがない・・・はず。
心理状態をチェック。
うん、大丈夫。
時間は限られている。
次のことを考えければいけない。
集中していかないと。


新しい話題になった。
怒っていることの話はひとまず終りかな。「あなたの生は・・・」ね。
ふーむ、彼が言葉を言い切らないうちに私は*の言葉を途中で遮って、こういう。


「私自身のためだけにあるわけではない」


*の言葉の先を読む。たぶん、こういいたかったのではないかな。
もうすこし噛み砕くとすると、
「相談してくれてもいいじゃないか?なぜ独断専行したの?あなたが犠牲にしたものの価値をわかっている?あなたのことを大事だと思っている人は、あなたが自分の命を粗末にすることを喜ばない」などという事かな?


正しければ否定はしないはず。


*は目を瞑り少し黙る。


否定しない。だから私の言葉はひとまずそんなに的外れなものでもなかったのかな。


この応答の意味は、つまり「私の命は私だけのためにあるわけじゃないことはわかった上で、私はやらずにはいられなかったんだよ」ということを私は相手に伝えたわけだ。


数秒間の沈黙。


間も重要だ。


情報は多ければ多いほど良いわけではない。重みを付けて、つまり、相手に如何に印象付けるかに配慮しないといけない。重要な言葉をスルーされて、どうでもいい言葉を深く受けられても困る。


*は目を瞑ったまま何かを暗証するように言う。


「透徹した意思の元に・・・」


あはは、なんでそういうのわかるかな。いやぁ。「これが分かるのはあなただけ」と、言いたいけど言わない。


この後には、「ただひたすら歩き続ける」とか、なんとか文章が続く。誰が書いたものだかは忘れたけど、詩の一節だったかもしれない。


私は眼元と口元を少し緩めわずかな笑みを伝え、私の行動の背景にある、哲学というと大げさだけど、意思の一部を理解してくれたことに対する謝意を示す。


私は普段の言葉に違わぬ行動をした。その点は*も分かったのだろう。それを認めた。
つまり、*は「あなたがあれをしたのはしかたがないこと、なんだね」ってことを言ってくれた。次は私の順番。


「私は私の選択をひとまず全うしたんだよ」


まるで子供が「褒めて褒めて」というみたいに言う。そして、


「その選択をしないで生き延びること未来を採ることは」


と続けると、*は次のように私の言葉の先を補ってくれる。


「今までの過去のあなたを殺すこと」


そうそう、そういうふうにつながるんだ。


「回避できないことだった?」


と問いかけてくる。方法を少なくとも私は知らないし考え付かなかったし、考えている時間もあまりなかった。


「私にとって私の意志はとっても重要なもの。それを守ることは私を育んでくれたものに対する礼でもある。私は決断するに過ちが多い私の意思に傲慢ながらとても愛着を持っている」


私の精神を育んだものの一部にあなたも含まれるかもしれない。お前のせいだって言ってるみたいになるけど、「愛着を持っている」って言うならいいかなって思う。


ははは。でも、なんて持って回った言い回し。当たり前のことを言うのだけど、当たり前のことを言うのだから、こんな言い方になるのかな。


小さい頃は、自分の好きなものが汚されていくのを、ただ黙って見ているしかなかった。それは変える力がなかったから仕方がなかったのだけど、つらさがそれで薄れるわけではない。今回は私は変える力があった。見過ごすこともできたかもしれないけど。見ているだけなんてできなかった。私の過去が私を駆動したのだ。


でも、これを言うことは「あなたはただ黙っていたよね」ということを言外に言ってしまうことになるので、言えなかった。人にはそれぞれ重要なものがある。*の価値を一番知っていると自認したい私が言っていいことではない。