その43 「知っているけど言って欲しい」

20歳未満は読まないでね。


面会時間はそろそろ終わる。
あぁ、もうこれで最後。
これで本当に終わり。
うぅっ。
自分の心の複数の人格が・・・。
普段は統合されているのだけど・・・・
そいつらが喚きだす。
めいめい勝手なことを言い出す。


うるさい黙れ、って声に出さないで、
外面を支配する私が激して他の人格を押さえつける。
最後まで私は*に対して冷静でいたいんだ。


でも・・・。
統合する機能がうまく働かない。
外面的な私は収容をつけようとしているのだけど・・・。
つけようとするのだけど・・・。


私は恐ろしい速さで*の腕をつかみ引き寄せ手繰り寄せ、*の唇に**した。
*は抵抗しなかった、優しく悲しく寂しい諦めをのこもった目で、こちらを見ている。


*の瞳を見ているとトロンとした気分になる。
眠りに落ちていくような。
脱力感。
自分の目を閉じて、*の唇を、体の感覚を、確かめる。
両手で*の背中をぎゅっと、抱きしめたら*も同じようにしてくれた。
一分にもみたない抱擁。そう、一分にもみたない。
私の人生における、ほんの最後のほうの僅かな、とても僅かな時間。


手を緩めると*も緩めてくれた。
私は力が抜けて膝を落してしまった。

すぐに立ち上がり*に背を向ける。


「ごめんなさい、ありがとう、そしてさようなら」
と早口で言う。


私の顔をもう*に見せたくなかった。見せられなかった。
声で、呼吸音の僅かな違いで、わずかな肩の震えで、・・・


・・・伝わってしまうことは分かっていても*に顔を向けることはできなかった。
だってもう一度見てしまったら。
私は声をあげて・・・。だから手をぎゅっと握り締め、
押し殺した声で言葉を紡ごうとすると、
*が先に言葉を発した。


「あなたのことを・・・」


「短い時間だけど私だって」


もう語尾はぼろぼろだ。


「決して忘れない」と声がハモる。


当然じゃない。忘れられてたまるもんですか。ええ知っていましたとも。


私だって、残りわずかだけど・・・。

うん、でも知っていたけど、
知っていたけど、
言って欲しかった。
言ってくれないんじゃないかって、それが不安だったの・・・だ。


*は扉をあけて出て行った。私はベッドに泣き崩れた。



ああ、私は人生の最後において、
一番幸せを、
生を実感しているのだろうか。
でもこんなに悲しい。


心臓の力強い鼓動。身体全体がうち奮える。
興奮を促す脳内物質が分泌されているのだろうか?
残り数時間で死ぬ私に何をしろと?


体が、
生きるための、
困難・苦難に打ち勝つための、
危機を乗り越えるための、
力を出そうとする。


心を鼓舞し、衝動を引き起こす。


生きたいなんて考えないようにいままで落ち着かせてきたのに。
たいした欲求じゃないと思っていたのに。
体のほとんどがもっと生きたいとわめき続ける。


ごめんね。私の体。
もう、お仕舞いなんだよ。
私は、もうずいぶん前に、そういう選択をしてしまったの。


あなたたちにとっては、つまらないプライドかもしれないけど
私にはとっても大事なものだったんだよ。
ごめん。
お願い、許して。