『火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者』(オリバー・サックス)


「理系兼業主婦日記」の2009-01-18(Sun)に
http://d.hatena.ne.jp/pollyanna/20090118/p1

ぎゅーしてくれる。

というのがあって、抱しめてくれる装置の話を思い出した。『火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者』(オリバー・サックス)ISBN:9784152080714記述があったので紹介。文庫版もでているのかな?


テンプルは自閉症の女性。博士号を持っており、大学での講義や、畜産関係の事業をしている。

テンプルの寝室にある奇妙な装置について。上記の本のp.278〜p.280あたりから引用。

「わたしの締め上げ機です。抱っこ機と呼ぶひともいますよ」と彼女は答えた。
 その装置には、分厚い柔らかなパッドにくるまれた幅九十センチ、長さ百二十センチほどの厚い木の板が二枚、斜めについていた。二枚は、V字型になるように細長い底の部分を蝶番でとめ、ひとの身体がおさまる樋になっている。いっぽうのはしに複雑なコントロールボックスがあり、頑丈なチューブで戸棚のべつの機会ににつながっていた。テンプルはそちらの機会も見せてくれた。「産業用のコンプレッサーです。タイヤに空気を入れるのに使うのと同じなんです」
「それでは、これは何に使うのですか?」
「肩から膝まで、しっかりと心地よい圧力を与えてくれるのです」とテンプルは答えた。「圧力を一定にすることも、変化をつけることも、強弱のリズムをつけることも思いのままにできるんです」

体に圧力をかけてくれる装置。どうしてそんな装置を作ったのか?

どうして、そんな圧力をかけたいのかと聞いてみると、彼女はこんな説明をした。小さいころ、彼女は抱しめてもらいたくてたまらなかったが、同時に、ひととの接触が怖かった。抱しめられると、とくにそれが大好きだが大柄な伯母であったりすると、相手の感触に圧倒された。そんなとき、平和な喜びを感じるのだが、同時に飲み込まれるような恐怖もあった。それで―――当時、まだ五歳になったばかりだったが―――力強く、だが優しく抱しめてくれて、しかも自分が完全にコントロールできる魔法の装置を夢見るようになった。何年かたって、思春期の彼女は、子牛を押さえておく締め上げシュートの図を見て、これだと思った。それを人間に使えるように改良すれば、彼女の魔法の機械ができる。


その後、テンプルは自分で機械を作ります。

彼女の締め上げ機は期待どおりの効果をあげた。子供のころから夢見ていた平安と喜びを与えてくれたのだ。この締め上げ機がなかったら、波乱に満ちた大学時代を乗りきることはできなかっただろう、と彼女は言った。ひとに慰めや安らぎを求めることはできなかったが、機械はいつも頼りになった。

作者の前で、実演しているテンプルが言うには・・・。

「ほんとうにリラックスしています」それから静かに付け加えた。「きっと、みんなはほかのひととの関係でこの気持ちを味わうのでしょうね」

これを悲しく思うかどうかは人それぞれかもしれませんね。

テンプルは、機械から得ているのは喜びと安らぎだけでなく、他者への感覚なのだと思っていた。機械に横たわっていると、母のこと、好きだった伯母のこと、そして先生たちのことを考える。このひとたちが注いでくれた愛情、そして彼女が抱く愛情を感じる。いつもは閉じている情緒へのドアを機械が開き、他者への共感を感じさせてくれる、それどこから共感を教えてくれるような気さえするという。

人には、安心するためのスイッチがあるのだろうか?って考えてしまった。精神は肉体あってのものだけど、肉体の外からの刺激が精神にどのような作用をもたらすのかって良くわからないな、って思ったりする。



このほかの部分もなかなか面白いです。藤澤さんお勧めの本です。