戯れ言でございますが

学生は何を学んでも良い。

学生は、特に大学院とかの学生は、自由に自分で学ぶことを選んで良いのです。

だから、別に研究室に関係ないことに一生懸命打ち込んでいても私はかまわないと思います。

でも、どうせなら、そこの環境に適したことを学ぶ、というのは合理的です。自らの学びたいことからかけ離れた環境にいるのであれば、さっさと移動するべきでしょう。まあ、経済的なこととか仕組みの上で移動はしにくいのですが。でも、無駄に時間を過ごしてしまうことの損失をきちんと見積もることはするべきでしょうね。


そして、学ぶ目的がなく、学ぶ目的を探そうとすらしない学生は大学とか大学院とかにいるべきではないのです。はっきり言って邪魔です。いない方がいいです。学ぶ場所には、ある程度の意欲の密度がどうしても必要だと思います。やる気がない人間というものは、この密度をどうしようもなく下げます。



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うーん、でも、こういう考え方は改めなきゃいけないのかな、って思うこともあります。

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文科省の人たちは大学の役割を勘違いしているとしか思えません。

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自分が制御可能であるところくらいは、フェアネスを保とうと思っていたのですが、なんかそういうのも面倒になってきました。ばかばかしくって。