『屍鬼 5』(小野不由美)

屍鬼〈5〉 (新潮文庫)

屍鬼〈5〉 (新潮文庫)

感想を書くのを放置してた。

p.29の静信の台詞。

「村の人たちは、自分たちの望む住職が欲しいだけなんだ。けれどもそれをこそ期待と言うんじゃないのか。彼らが自分たちにとって都合の良いものを期待するのは当然のことで、その期待に応えるかどうかは、ぼくや父の自由意志に任されている。ぼくは村人の期待を投げ捨て、逃げ出しても良かった、けれども、ぼくはぼくの意志でそれをしなかった。彼らが誰でもいい、良き住職を望むと言うなら、ぼくがそれになってみたかったんだ」

期待という言葉をうまく表現している。



p.41の敏夫の台詞。

「自分の頭で考える気はない。自分の身体は指一本だって動かすつもりはない。喚いていれば現実の方が連中の都合に合わせてくれると思ってるんだ。それ以外のことなんて考えてみたくもない。連中は世界の何たるかを分かっていない。世界はベビーベッドじゃないんだ。周囲にいるのは泣けば飛んできてミルクやオムツを与えてくれる母親やベビー・シッターじゃない。自分の頭で考えて、自分の足であるいて行かなければ、自分の安全でさえ手に入らないってことを認める気がないんだ!」

なかなか辛辣で良い感じ。



p.63-65あたりの小説内小説のあたりはすごい面白いと思う。

この抑圧と抑圧に対する憎悪がなければ成り立たない己を知っていたからだ。

とか

背くために背いても、弟はその先、自分が何を求め、どうあればいいのか分からなかった。それゆえに演技を拒むことができない己を唾棄し、自身をそこまで歪めた秩序を心の底から憎んでいた

とかね。



p.105の沙子の台詞。

「わたし、ずっと一人だったの。一人で狩をして、一人で隠れて。とても寂しくて心細かった。どこかで仲間に会わないかしら、ってそればかり考えてたわ。仲間に会って、いろんなことを分かち合えたらいいのにって」

そして、p.109

「帰属する家と社会が欲しかったんだね」
「・・・・・・子供っぽいわね」
静信は答えなかった。たしかに子供じみていると言って言えなくもなかったが、それは幼い望みであるだけに、根源的な望みであるように思われた。母体を慕うのに似ている。自分を抱きかかえ、庇護し、くるみ込んでくれる何かが欲しいのだ。そう願わない人間など、果たしているのだろうか、

人の本質をつくような文章。


そして、私の大好きな神様の話へ。
p.274-p.276からいろいろ抜粋。

神は彼の信仰が分からなかった。契約を介することなしに、彼の心中を読みつくせるほど全能ではなかったのだ。だからこそ、神に対する献(ささ)げ物は契約の通りであらねばならなかったし、そうでない彼の献げ物が捨て置かれたのは、あるいは当然のことなのかもしれなかった

神が真に全能の存在なら信仰の証など、どうして必要があるだろう。

神は人の内実を見通すことができないのだ。

だからその証を欲しがる。

神は人の自己に対する信仰を信じてはいないのだ。だから、信仰の証を求める。

だが、彼は真実、善なるもので在りたかった。彼は真実、神を尊崇していた。だからこそ、彼は異端者であらねばならなかった。神は彼の信仰を理解しなかったのではない。そもそもあの流刑地に信仰が生じること自体を信じてはいなかったのだ。

神は自らへの尊崇と信仰を求めた。隣人に対して慈善と敬愛を課した。そこで求められていたのは、堅固な信仰が存在することを証すための供物であり、確かな敬愛が存在することを証すための調和的な態度でしかなかった。その内実は問われなかった。

「その内実が問われなかった」ということに作中の彼は気がつかなかった。そして、だから彼は苦しむ。なんというシチュエーションを描くのだ、と思った。この洞察は恐ろしい。


p.340

「お話の中の主人公なら、きっと助けが来てくれるの。誰かが助けてくれて、庇ってくれる。奇蹟だって起こるかもしれない。最後まで希望を捨てないでいいの。でも私を助けてくれる人なんていないわ。誰も助けてくれない。どんな神様も私のために奇蹟を施してくれたりしない」
助けを求めて呼ぶ名もない、救済を求めて縋る神もない。
「何故なら、わたしは人殺しだからよ」

ああ・・・。そう、神様すら頼れない。



p.342

「・・・・・・どうして、わたしたちには神様がいないの? 悪魔でも魔物でもいいわ。私に奇蹟を施してくれるなら、それがわたしの神様だわ。なのにそれさえ持てないの。誰も慈しんでくれない、憐れんでもくれない。掲げられる正義もないの。何ひとつわたしを保証してくれない。イデオロギーの問題でも価値観の問題でもないの。人の血がないと生きてはいけない。―――これはそういう殺伐とした摂理の問題なんだわ」


そして、沙子は、それが神様に見放されることだと言う。


そして、p.346から、彼が弟を殺した理由が語られる。この本の中で一番凄いところ。「絶望」、そして・・・・。

p.350の屍鬼の台詞。

貴方は私を憎まなかった。そもそも貴方は他者を憎むことができない。たとえ憎悪が芽生えても、憎む己を許さないだろう。他者に対する憎悪は生じた瞬間に自己に対する嫌悪に形を変え、自律すべき責務として昇華される。私は貴方のそういう在りようを理解している。

ここを読んだときは、本当に泣けました。今、読み返してみても目頭が熱くなります。


屍鬼がついてきた理由は

それは慈愛であって呪いではなかった。

と言うわけなんだな。やっとつながったのだった。まさか、そんな理由によるとは。

ちなみに、この作中作の合間の沙子の描写は、眠りかけ少女なわけですが、そこらへんも良いのです。



p.372あたりからの辰巳の台詞は達観しているようで、ロマンティストなようでたいへん面白い。

p.442あたりからの静信と沙子の対話はとっても好きだ。

静信の台詞。

「君たちの存在は悲劇だ。それよりもっと本当に悲劇的なのは、君たちがすでに神の範疇を零れ落ちたにもかかわらず、信仰と思慕を捨てられないことなんだよ」

こういう事が書けるのが凄い。


p.451の静信の台詞がまた凄いと思うのだ。

「けれども、生きるということは結局のところ、」

と以下にとっても良い台詞があるんですが、作者が一番言いたいことだと思うので、ここでは書かないでおきます。是非この小説を最初から読んでその後に続く台詞を読んで堪能して下さいませ。


【追記】
小野不由美×藤崎竜屍鬼」アニメ化決定」
http://natalie.mu/comic/news/show/id/25416
http://www.okiagari.net/
うわぁ。まだ、マンガの方は完結していないのでは?